中小企業にとって、M&A(企業の合併・買収)は後継者問題や成長戦略の手段としてますます注目を集めています。なかでも「事業譲渡」は、会社の一部だけを売却・取得できる柔軟なM&A手法として、事業承継の現場でもよく活用されています。
本記事では、「事業譲渡によるM&A」の仕組みや、株式譲渡との違い、メリット・デメリットを、図解や事例を交えてわかりやすく解説します。
これから事業承継を検討している方や、M&A初心者の方はぜひ参考にしてください。
事業譲渡とは?【M&Aにおける基本の一つ】
事業譲渡とは、企業が行っている事業の一部または全部を、他の企業や個人に譲り渡すM&A(企業の合併・買収)の一形態です。
会社全体の経営権を移す「株式譲渡」とは異なり、特定の事業だけを選んで譲渡できるのが大きな特徴です。これにより、売り手企業は不要または収益性の低い事業を手放し、経営資源を選択と集中により効率的に活用できます。一方、買い手企業にとっては、自社に必要な事業だけを取得できるというメリットがあります。
具体例:株式会社太郎の「移動販売事業部」の譲渡を例に「事業譲渡」を初心者向けに解説
たとえば、株式会社太郎が次のような3部門で事業を展開しているとします。
・本社機能
・レストラン事業部
・移動販売事業部(キッチンカー)
しかし、移動販売事業部の業績が伸び悩んでいたため、株式会社太郎はこの部門のみを他社に譲渡し、本社とレストラン事業部に経営資源を集中させる決断をしました。
ちょうどそのタイミングで、キッチンカーによる食品販売事業に参入したいと考えていた「株式会社花子」から、移動販売事業部の買収希望があり、M&Aが実行されました。
この事例の場合、このように事業譲渡では図のように一部の部門のみを他社に引き継ぐことが可能です。

株式譲渡との違いは?【事業譲渡とM&A手法の比較】
M&Aでよく用いられる「株式譲渡(全株式取得)」との違いを理解することは重要です。以下の図表で両者を比較しましょう。
▶ 株式譲渡と事業譲渡の比較表
比較項目 | 株式譲渡(全株式取得) | 事業譲渡 |
---|---|---|
対象 | 会社全体(法人格含む) | 特定の事業のみ |
売却代金の行き先 | 株主(多くは創業者など個人) | 会社(法人) |
債務・リスクの継承 | すべてを引き継ぐ | 原則、引き継がない (契約による) |
許認可・契約 | 原則そのまま継続 | 多くは再契約・再申請が必要 |
会社の存続 | 株主が変わるだけで法人はそのまま | 法人は残り、事業だけを手放すことが可能 |

実務上でよくある株式譲渡と事業譲渡の違い
▶ポイント
スモールM&Aの場合、株式譲渡では売却代金が創業者個人とその親族に入ることが多い一方で、事業譲渡では売却代金は会社(法人)に入るのが一般的です。
【事例で解説】事業譲渡を活用したM&A・事業承継の実例
ここでは、M&A契約には守秘義務がありますので実際に中小企業の間で行われた事業譲渡M&Aの事例を参考に作成した仮想事例で事業譲渡を活用したM&Aの事例をご紹介します。
▶ 事例:飲食店の都心店舗を事業譲渡
売り手企業:Aフード株式会社
全国に20店舗展開。業績悪化と人材不足のため、都心5店舗を切り離したいと考えていた。
買い手企業:Bフードサービス株式会社
都心エリアで出店拡大を計画。新規出店より既存事業の承継を希望。
▶譲渡内容:
都心5店舗の設備・内装・スタッフ・メニュー・商標など一式。
店舗の賃貸契約は買い手が新たに結び直し。
売却金額:約5,000万円(売却資金はA社の法人に入金)
▶M&Aの効果:
A社は地方店舗に経営資源を集中。
B社は既存顧客と人材を維持しながら即日営業を実現。

上記事例におけるA社及びB社のメリット
▶M&Aの効果:M&Aを活用することで両社に下記メリットがありました。
・A社は地方店舗に経営資源を集中。
・B社は既存顧客と人材を維持しながら即日営業を実現。
【更に詳しく】事業譲渡のメリット・デメリット
▶売り手側のメリット・デメリット
◆メリット
・不採算部門の切り離しが可能
・法人格を維持でき、再挑戦もしやすい
◆デメリット
・譲渡益に対する法人税が課される
・契約や許認可の再取得が必要になる場合が多い
▶買い手側のメリット・デメリット
◆メリット
・必要な事業だけを取得できる
・債務や過去のトラブルを引き継がずに済む
◆デメリット
・再契約などの手続きが多く煩雑
・顧客・従業員との関係性の再構築が必要な場合もあり
どんなときに事業譲渡OR株式譲渡を選ぶべき?【M&Aの手法別おすすめ】
ケース内容 | おすすめM&A手法 |
---|---|
会社は継続しつつ、一部の事業だけを売却したい | 事業譲渡 |
過去の負債や訴訟リスクを引き継がせたくない | 事業譲渡 |
売却を法人収益として計上したい | 事業譲渡 |
創業者が引退し、会社ごとすべてを売却したい | 株式譲渡 |
スピーディーに手続きを済ませたい | 株式譲渡 |
まとめ:事業譲渡は柔軟性が高く、事業承継にも適したM&A手法
事業譲渡によるM&Aは、必要な部分だけを譲渡・取得できる柔軟なM&A手法です。
特に、事業承継や再編を目的としたスモールM&Aでは非常に有効であり、会社の将来を見据えた戦略として検討する価値があります。
ただし、契約や許認可の再取得、従業員との調整など、専門的な手続きも多く発生します。
M&Aの専門家や行政書士・税理士などの専門士業や専門コンサルタントなどと連携して進めることが成功のカギとなります。

この記事を書いた人
経産省 認定支援機関 株式会社エイチアンドエイチ
代表取締役 畠中 均(はたなか ひとし)
大手企業を退職後、20代で起業しゼロから複数の事業を展開。現在は、25年以上の経営経験を活かし、認定支援機関として現場経験豊富な経営者としての目線で中小企業支援を行うほか、士業・コンサル向けに中小企業支援の実践的ノウハウを学べる機会の提供にも注力している。