中小企業の後継者不足や廃業リスクが社会問題化する中、スモールM&A(中小・零細企業のM&A)は新たな事業承継の手段として注目されています。それに伴い、士業や経営コンサルタントがM&A支援ビジネスに参入する動きも加速しています。この記事では、M&A支援者が実務で関わる「FA(ファイナンシャル・アドバイザー)業務」と「仲介業務」の違いを中心に、スモールM&A支援の実務の全体像を詳しく解説します。
目次
- スモールM&Aとは?
- M&A支援者の主な役割
- FA業務とは何か?
- 仲介業務とは何か?
- FAと仲介の主な違い
- スモールM&A支援の実務フロー
- 士業・コンサルがM&A支援に参入するメリット
- まとめ:どちらの立場で支援するかを明確に
1. スモールM&Aとは?
スモールM&Aとは、主に中小企業や個人事業主を対象とした比較的小規模な企業売買のことです。売却金額は数百万円〜数千万円程度のものが多く、事業承継や経営資源の有効活用を目的に行われます。
特に日本では、経営者の高齢化と後継者難が深刻化しており、年間で数万件の中小企業が廃業に追い込まれています。こうした企業の中には、技術力や人材、顧客基盤など優れた経営資源を持つ会社も多く、買い手からすれば非常に魅力的な対象となり得ます。
スモールM&Aは、双方にとってのWin-Winとなる手段であり、また地域経済の活性化にもつながることから、今後ますます注目される分野です。
2. M&A支援者の主な役割
M&Aにおいては、売り手と買い手の間に立って取引をスムーズに進める支援者の存在が不可欠です。中小企業のM&Aでは、経営者自身にM&Aの知識や経験がないことが多いため、専門家の関与が成否を大きく左右します。
主な支援形態としては、以下の2つがあります:
- FA(ファイナンシャル・アドバイザー)
- 仲介(ブローカー)
この2つは似ているようで異なる点が多く、それぞれの立場や業務内容をしっかり理解することが、M&A支援業務への参入の第一歩となります。
3. FA業務とは何か?
FA(ファイナンシャル・アドバイザー)は、売り手または買い手のどちらか一方の「専属アドバイザー」として業務を行う立場です。いわば「当事者の代理人」として支援を提供するのが特徴です。
FAの主な業務内容:
- M&A戦略の立案・助言:
経営者の意向や将来像に応じて、M&Aを実施するべきか否か、実施する場合のベストなタイミングやスキームを提案します。 - 企業価値評価(バリュエーション):
対象企業の財務内容、事業の将来性、市場環境を分析し、適正な評価額を算出します。ここではDCF法や類似会社比較法などの手法が用いられます。 - 相手先の探索・打診:
買い手または売り手候補をリストアップし、秘密保持契約(NDA)を締結の上、案件の概要を提示して打診を行います。 - 条件交渉の支援:
譲渡価格、支払い方法、経営者の継続雇用の有無など、重要条件についてクライアントの立場に立って交渉を行います。 - デューデリジェンス(DD)対応:
買い手からの企業調査に対応するための資料準備やスケジュール調整、回答支援を行います。 - 契約書締結までの実務支援:
最終契約書(譲渡契約書)に至るまで、法務・税務・会計など各専門家と連携し、クロージングをサポートします。
FAは、あくまで「クライアントの利益の最大化」を目的に活動し、忠実義務と守秘義務が求められます。
4. 仲介業務とは何か?
仲介業務とは、売り手と買い手の「間」に立ち、双方に対して中立的な立場で支援を行う役割です。FAとの最大の違いは、どちらか一方の代理ではなく、双方に情報提供と調整を行う点です。
仲介の主な業務内容:
- 両当事者のニーズのヒアリング:
譲渡希望金額や譲受企業の希望条件などを丁寧に把握し、相互理解の土台を築きます。 - マッチング(相手先の紹介):
買い手と売り手の希望条件が合致しそうな案件を選定・紹介します。近年はM&Aマッチングプラットフォームの活用も進んでいます。 - 条件調整と交渉の仲立ち:
価格交渉や譲渡スキームに関して、双方の意見を取りまとめながら調整を行います。 - 契約書作成のサポート:
最終契約書の作成に向けて必要な情報を整理し、弁護士や専門士業と連携します。
仲介業務では、双方の立場を尊重しながら「成約」をゴールとする動きが重視されるため、スピーディかつ実務的な判断力が求められます。
5. FAと仲介の主な違い
項目 | FA業務 | 仲介業務 |
---|---|---|
立場 | クライアントの代理人 | 売り手・買い手双方の仲立ち |
利益相反の可能性 | 低い | 高い(両者に助言するため) |
報酬体系 | 一方の当事者から報酬 | 双方から報酬を得るケースが多い |
契約形態 | FA契約(アドバイザリー契約) | 仲介契約 |
主目的 | クライアント利益の最大化 | 成約の実現 |
いずれの方式にもメリット・デメリットがありますが、どちらを選ぶかは関与する対象企業の規模、取引の複雑さ、信頼関係の度合いなどに応じて判断すべきです。
6. スモールM&A支援の実務フロー
スモールM&Aの実務は、以下のような流れで進みます。
- 初期相談・意向確認:
クライアントのM&Aに対する意向や目的、希望条件などを丁寧にヒアリングします。将来ビジョンとM&Aの整合性を確認する重要なステップです。 - 業務委託契約の締結(FA契約・仲介契約):
支援形態を明確にしたうえで、業務範囲、報酬条件、守秘義務等を記載した契約書を締結します。 - 企業調査・資料収集:
決算書、顧客リスト、従業員情報、設備資産一覧などの資料を収集し、企業概要書(IM)の作成に備えます。 - 企業概要書(IM)の作成:
買い手に提示するための概要資料を作成します。事業内容、財務情報、強み・弱み、成長性などを整理し、魅力的に伝えることが重要です。 - 買い手候補への打診・提案:
買い手リストをもとに、秘密保持契約を締結後、企業概要書を提示し、関心の有無を確認します。 - 面談・交渉の調整:
買い手との面談を設定し、相互理解を促進します。その後、条件交渉へ移行します。 - 基本合意書(LOI)の締結:
大まかな条件に合意した段階で、基本合意書を取り交わします。 - デューデリジェンスの実施:
買い手側が実施する法務・財務・税務・人事・環境などの精査に対応します。 - 最終契約の締結・クロージング:
契約書締結、譲渡実行、代金支払い、登記変更等の手続きを経てM&Aが完了します。
7. 士業・コンサルがM&A支援に参入するメリット
- 既存クライアントとの信頼関係を活用できる:
公認会計士、弁護士、税理士、社労士、行政書士、中小企業診断士など、すでに中小企業と密接な関係を築いている士業は、経営者の悩みを最も早く察知できる立場にいます。これをM&A支援に活かすことができます。 - 付加価値の高い収益源となる:
通常の顧問業務では限界がある報酬単価も、M&A業務では成功報酬として数十万〜数百万円を得ることが可能です。顧問業務に加える形で、ビジネスの幅を広げられます。 - 社会的意義とやりがいが大きい:
廃業を避け、企業の雇用や技術、顧客基盤を次世代につなぐ社会貢献性の高い業務です。士業としての信頼性やブランド力の向上にもつながります。 - 事業承継・再生支援との親和性:
廃業回避や第二創業支援、各種補助金や助成金申請、銀行融資やリスケ支援など、M&A終了後の支援領域が多岐にわたり、M&Aはその中核を担う要素となります。
8. まとめ:どちらの立場で支援するかを明確に
M&A支援業務に参入するにあたっては、自身が「FA」として関与するのか、「仲介」として動くのかを明確にし、その立場に応じた業務を行うことが極めて重要です。
いずれの形態であっても、信頼性、公正性、専門性が求められます。中でもスモールM&Aは、情報の非対称性が強く、経営者の感情や人間関係も絡む繊細な領域です。誠実な支援こそが、案件成約だけでなく、長期的な信頼と顧客基盤の構築につながります。
士業やコンサルタントにとって、スモールM&A支援は「顧客の未来を支える仕事」です。ぜひ本記事を参考に、実務参入への第一歩を踏み出してみてください。
この記事を書いた人
経産省 認定支援機関 株式会社エイチアンドエイチ
代表取締役 畠中 均(はたなか ひとし)
大手企業を退職後、20代で起業しゼロから複数の事業を展開。現在は、25年以上の経営経験を活かし、認定支援機関として現場経験豊富な経営者としての目線で中小企業支援を行うほか、士業・コンサル向けに中小企業支援の実践的ノウハウを学べる機会の提供にも注力している。